ゲストブック


Photo by ALENICO FUSARELLI

あなたもアイルトン・セナの思い出を綴りませんか?

 
 
 
 
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88 entries.
ACCD wrote on 2007年3月10日 at 6:57 PM:
1994年のフジテレビF1中継で サンマリノグランプリの予選と決勝のDVDかビデオを持っている方はいないでしょうか?持っていたら無償でDVDなどにコピーして送っていただけないでしょうか? 無償で出せるという方は右のアドレスに送ってください。お待ちしております。
アイルトンタカ wrote on 2006年4月20日 at 3:43 AM:
もうすぐサンマリノですね。 このサイトを見てセナの事を強烈に思い出しました。 シューマッハにはPP記録を更新して欲しい思いと そうでない思いが交錯してしまいます。 個人的にはセナ→シューマッハ→アロンソと受け継がれるのではなく セナ→シューマッハ→ブルーノ・セナと受け継がれて欲しい気もします。 貴ノ花→千代の富士→貴花田(貴乃花)の図式みたいに ブルーノセナがF1に登ってくるまで、シューマッハには がんばってほしいです。そして、ブルーノセナに敗れてシューマッハは引退。 ちょっとファンタジー入ってすみませんでした。
一人のファン wrote on 2006年4月19日 at 1:36 PM:
懐かしい日々が蘇り、しばし心地よく、また悲しい想い出に耽っておりました 人の歴史を思いました 有り難うございました PS:1993年のエンジンはHONDAではなくFORDだったと記憶しています
Admin Reply:
ご指摘ありがとうございました。修正いたしました。
SuperK wrote on 2006年4月8日 at 12:11 AM:
全部のメッセージを読ませて貰いました。インターネット上のメッセージを読み涙を流したのは初めての経験でした。事故からもうすぐ12年、このゲストブックに「記録は塗り替えられるが記憶は塗り替えられない」とありますが、名言です。イモラでの事故の瞬間はTVで見ており、記憶に強烈に残っています。2002年秋、ブラジルサンパウロのセナのお墓を訪れました。その時花を携えていったのですが没後8年経過していたのにもかかわらず沢山の花が供えてあり感動しました。今年3月イモラも訪れタンブレロコーナーの先のコンクリートウォールの所にも行って来ました。12年を経過した今でも花とメッセージが沢山供えてありました。このゲストブックにメッセージを残されている皆さんは勿論、世界中のセナファンの記憶の中に確実にセナは存在しています。
にっし wrote on 2006年1月30日 at 3:32 AM:
今でもセナは鈴鹿のコースをホンダミュージックを響かせながら走ってますよ。コースレコードを連発しながら。
taka wrote on 2005年11月2日 at 9:58 PM:
とてもいいサイトですね。作成中の物楽しみにしてます!!
イッチー wrote on 2005年10月15日 at 6:38 PM:
素晴らしいサイトだと思います。セナの生涯が詳しくのっていて、見ていて思わず感動してしまいました。セナは僕らに勇気をくれたHEROだから、これからもこのサイトをぜひ充実させていって下さい。プロトスとのムービーも早く見たいです。
こつえ wrote on 2005年10月10日 at 12:13 AM:
今日久し振りに日本GPをTVにて観戦しました。あの日からF1を見る事をさけていました。今日久し振りにF1を見て、無償にセナに会いたくなり、ここまでたどり着きました。セナは私にとって、いえ・・みんなにとって永遠ですね。あの日のことは一生忘れることが出来ません。これから今まで私が集めてきたセナの思い出の品々を(あの日以来しまっておいたもの)を久し振りにあけてみようと思っています。
KEI wrote on 2005年10月3日 at 2:45 PM:
初めまして、こんにちは。以前、セナが本田宗一郎と抱擁して泣き崩れる、というシーンをTVか何かで見たのですが、そのDVDを探しています。情報下さい!!!内容に関してです。その内容の中に、セナがHONDAで優勝して、ピットに戻ってきた時に、本田宗一郎が、セナに「世界一のエンジンを作ってやるからな」と言って、セナが泣き崩れるシーンは含まれていますでしょうか。どのレースかは覚えていないのですが、宜しくお願いします。
ボンバーマン wrote on 2005年9月25日 at 2:58 AM:
以前アンケートにムカつくと書いた者です。あのコメントに反論した方も沢山いると思います。忘れたい訳ではありません。このHPを管理している方には申し訳ないのですが、なんかこのHPを面白くしている様な気がしてあの様なコメントを残しました。今でもこの方のHPやサンマリノGPを見ているとセナの事を思い出し涙が出てきます。1991年に初めて鈴鹿でセナを見ました。私にとってこれが最初で最後の姿となりました。まだ学生だったのでアルバイトをして旅費と予選限定チケット代を作り鈴鹿に向かいました。金銭的な余裕もなく車の中で2日間過ごし食事はカップラーメン4個でした。絶えられない位の空腹でしたがセナを見たかったので我慢しました。だから1994年の事に触れると辛くなるのです。私にとってセナは1991年のままであってほしいのです。反論した方の気持ちも理解出来ます。でも私の気持ちの理解してもらいたいものです。このコメントに対する皆さんの意見を聞かせて下さい。
おぜきてつや wrote on 2005年8月8日 at 1:51 PM:
1994年F1総集編、約10年VHSで見続けて先日やっとDVD化しました。永久保存です。「セナ・フォーエバー」DVD化したのでMDに録音しました。VTECのオデッセイで聞いてます。ホンダに乗り続けて20年。セナと同い年、セナとともに歩んでます。
たか wrote on 2005年7月24日 at 11:58 PM:
あれから11年セナと同じ年齢になり、命の大切に教えがわかるようになりました。いつまでも私の心の中でいつでも生きています。
モネ wrote on 2005年6月13日 at 6:20 PM:
充実したサイトですね。
セナの肉声を聞いたら、涙が出そうになりました。

こちらのHPをリンクさせていただきました。
不都合がありましたら、ご連絡下さい。

ありがとうございました。
しんた wrote on 2005年5月14日 at 7:51 PM:
素晴らしいサイトですね♪自分は最近F1に興味を持ち始めました。落合信彦氏の本にセナのインタビューが載っていて、偉大なるF1レーサーに興味をもちました。もっともっとセナのこと知りたいです。
masakyo-kawada wrote on 2005年5月13日 at 9:06 PM:
SENNAがいたから毎日をがんばれた。
SENNAがいたから毎日が楽しかった。
SENNAはいまでもみんなの心にいる。
今も・・・
センナン wrote on 2005年4月14日 at 6:59 PM:
このサイトを見て久しぶりに涙がこぼれました。
ルノーに乗ってからは正直あまりレースを見ていませんでした。
その日、ニュースを見て頭の中が真っ白になったことを覚えています。
今でもF1には興味がありますがセナがいた頃ほど力が入って
いないように感じています。
TKR wrote on 2005年3月9日 at 5:08 AM:
セナはF1の代名詞的な所があるし、やはり10代の頃夢中になって
F1を観戦していた頃が懐かしい。
今でもF1は観ていますがやはりシューが何回優勝を重ねようがやはり
セナが僕の中では永久に1番!
セナのレースに鎧PIPEPIPEYける熱い情熱は今も僕の中に残ってます!
kawami wrote on 2005年3月2日 at 5:55 PM:
最近になってパソコンを始めました(^_^;) きっとセナのページがある!と思って・・・検索したら、あった!
あの辛い事故の日の事は、今でもよく覚えています。
当時は、どんなに遅い時間でも、起きていて観てました。。
今では、録画ばっかし。そして漠然として観ているのです。
あのころの興奮とか、ヒヤヒヤ、ドキドキがないのです。
今でも、好きなドライバーは?と聞かれると、セナとしか答えられない。きっとこれからも自分の中に生き続けるでしょう。
MSGR376 wrote on 2004年12月8日 at 6:38 PM:
久々に1994サンマリノGPのビデオを観てみました。今年のF1は
佐藤琢磨の活躍など明るい話題が多くあったにも関わらず
10年前のあの悲しみはいつまでも変わらないのだと、一人涙して
おりました。あの頃はただただ「なぜ、セナが?」という気持ち
しかありませんでしたが、今思うとライバルプロストがいない
シーズンでセナのレース人生はあそこで終わるべくして終わったのだと、レースが人生の全てだったセナにとって人生を全うした
のだと思いました。
現に僕の心の中に今でもセナとの思い出は生き続けてるのです。
セナだけが好きだった方はF1から離れてしまいました。しかし
F1が好きでセナも好きな僕は悲しくてもF1を応援しつづけて
いました。これからもエキサイティングなレースをするニューヒーローを応援しようと思います!
セナ大好きです wrote on 2004年10月23日 at 9:30 AM:
今週末はブラジルGPですね。思い起こせばあれからもう10年たってたのですね。
ふとセナの事を検索したくなってたどり着きました。
あの頃F1とセナにはまりまくってた自分を思い出しました。
当時は殆ど全戦をビデオに録画していました。パシフィックGPの残りに当日のビデオを録画しています。
その日も録画の準備をしていたところ、ニュースジャパンで速報が入りあわてて録画スイッチを押しました。
今日、久々にその日の生放送のビデオを見ました。10年たってもやはり辛かったです。大破したマシンから降ろされた横たわって動かないセナ、担架に乗せられた後そこにはおびただしい出血の跡、それでもまた復活してくれるものと信じていました。

91年92年93年と鈴鹿に行きました。カメラのシャッターは自然とセナを捉えていました。300ミリのレンズをこのために買いました。
今でも部屋に飾っている写真があります。
それは93年、彼にとって最後の日本GP、最後の日本での優勝のレース。
その日、私はシケインの内側にいました。ファイナルラップで優勝を確信した彼は右手を突き上げてガッツセPIPEPIPEYーズをしてくれました。一瞬の事でしたがその瞬間シャッターを押していました。祈るような気持ちで現像に出しました。最高の写真でした。私の世界に一枚だけの宝物です。

それが彼を見た最後になってしまいました。